今回は、「なにかを変えるときは慎重に」というお話しです。

 インターネット上を徘徊していると(以前は「ネットサーフィン」とか言ってましたけど、もう死語なのでしょうか。)、「なぜフェンスがあるのかわからないのであれば、それを取り外してはならない。」という警句をたまに見つけます。出典については出くわす場所によって異なりますが、ローリー・サザーランド著『欲望の錬金術』478-479頁によれば、その出所はGKチェスタトンの『The Thing』(1929)(『その物』、未邦訳)のようです。

「G・K・チェスタトンは、『The Thing』(1929)(『その物』、未邦訳)で、そんな人々について書き、次のように説明した。「物事を改革する場合は、物事を破壊する場合と違って、簡単で単純な原理がある。おそらくパラドックスと呼ばれる原理だろう。ある制度や法律が存在するとしよう。簡単に考えるため、例えば、道を遮って立っているフェンスか門だとする。そこへ、進歩的な改革者が陽気にやってきて言う。『このフェンスがなぜあるのかわかりませんね。取り外しましょう。』それに対して、もっと知性のある改革者はこう答えるのが賢明だろう。『フェンスがなぜあるのかわからないなら、取り外してはなりません。いったん帰って考えてください。わかったら戻ってきてそのことを話してください。そうすれば、私はフェンスを壊すことを認めるかもしれません。』」」(ローリー・サザーランド著『欲望の錬金術』478-479頁)

 アナロジーとしてフェンスが用いられていますが、もともとは制度や法律に関する話だったようですね。
 現在でも使用されているかわかりませんが、以前、違憲審査にあたって目的手段審査が使われていたのは、上記のような警句の影響があったのかもしれないな、とか、こういう警句があるからには、その裏に「なぜあるのかわからないフェンスが取り外されてしまった」歴史があるのだろうな・・・とか考えだすとおもしろいですよね。
 制度や法律の変更を検討する際には心に留めておきたい警句です。