明治5年に制定された司法職務定制は、代言人等の世話料について、「訴状の調整するを乞う者は其世話料を出さしむ」(42条第2)、「代言人を用ふる者は其世話料を出さしむ」(43条第2)、「証書人代書人代言人の世話料の数目は後日を待ちて商量すべし」(43条 第2 第2文)という規定を置くだけで、世話料について特に制限等をしていませんでした(※1)。

 そのため、「同業者間に依頼者の獲得競争を生じ、報酬のダンピングも行われ、青銭三百文、玄米一升という低価で事件を受ける代言人もあったので、この時代に「三百代言」という蔑称も生まれた」(平成23年版刑事弁護実務 3頁)とされています。

 しかし、明治9年に制定された代言人規則には、「代言人の謝金は代言人其訴訟本人との協議を以て其高を予定するものとす」(同規則13条)として事前の合意が必要であることを定めた規定や、「謝金を前収し又は過当の謝金を貪る者」については譴責・停業または除名の制裁をすることを定めて(同14条)報酬の前払いや過大な謝金(世話料)の請求を抑止する規定が存在します(※2)。

 また、明治13年には、代言人組合の設立を定めた改正代言人規則が公布され、改正前規則における事前契約の規定が削除されたほか、謝金前収の禁止が緩和されましたが、この規則により発足した東京代言人組合の規則では、第9款の謝金の規定において「事件金額」に応じて最高の定限(500円未満は25%、1000円未満は20%、5000円未満は15%、5000円以上は10%)を標準として定めています(『講座現代の弁護士3』307頁 ※3)。

 このように、過当な謝金に関する規定が制定され精緻化されていったという経緯からは、遅くとも明治9年ころには低価で事件を受ける代言人ばかりでなく、過大な金銭の要求をする代言人もいたこと、及びその弊害が放置できないほどのものとなっていたことがうかがわれます。

 従前の公事宿(公事師)から代言人に移行した者も多かったと考えられることから、このような弊害がいつころから発生していたのかは定かではありませんが(※4)、訴訟事務については「どんな代償を払っても今すぐに対応せざるを得ない状況」に陥りがちです。そのため、報酬を私的自治に任せると過大な報酬請求を行う者が出現しやすいのでしょう。

 さて、振り返って、現在、弁護士の報酬制度がどうなっているかを見てみると、「弁護士会が報酬基準を定めることは、弁護士間の自由な競争を阻害し、法律事務の利用者の利益を害することになるのではないかとの考えから、2003年(平成15年)、弁護士法が改正され、弁護士会(および日弁連)の会則の必要的記載事項から弁護士報酬の標準を定める規定が削除され」、その結果、「弁護士は、報酬の額や算定方法を基本的に自由に定めることができるようにな」っています(『解説 弁護士職務基本規程 第3版』67頁)。
 この改正が行われる際、上記のような歴史が考慮されたかどうかはわかりませんが、報酬に関する制限がなくなったことにより、明治9年ころの代言人制度と同様の状況に戻ったわけです。

 その結果どうなったかというと、債務整理と過払金請求事件については、「一部の弁護士に不適切な事件処理や報酬の請求を行う例が見られた」として、2011年(平成23年)に、弁護士報酬の上限を定める債務整理事件処理の規律を定める規定が定められることとなりました(※5 なお、非事業者の過払金報酬金については、訴訟によらない場合回収額の20%、訴訟による場合回収額の25%以下とするよう定められました。)。やはり、報酬を私的自治に任せると、過大な報酬請求を行う者が出現し、規制が必要となるようです。

 なお、「明治9年ころと同様」と記載したのは、これら以外の一般的な事件についても、あまりに高額な報酬を請求等すると戒告等の懲戒処分がなされることがあるためです(※6)。一応、この判断の理由において、「○○円程度が適正かつ妥当であるのに~」等の評価が示されることもあるのですが、公開される「処分の理由の要旨」が極めて簡潔であることもあり、どの程度から過大な報酬請求となるかの具体的な基準としては機能していません。

 これまで見てきたとおり、歴史は繰り返されるもののようなので、そのうち(もしかしたらもうすでに)一般的な事件についても、ダンピングを行う法律事務所と過大な請求をする法律事務所に二極化していくのかもしれません。
 また、現代は代言人時代と異なり、広告の自由化やIT技術の進展により、さらに一部の弁護士に案件が集中しやすくなっているという要素もありますので、第三のシナリオとして、①体力のある事務所が特定の地域で大規模な広告を実施するとともにダンピングを行って競合を減らし、ユーザーの選択肢を奪う、②その後報酬を高額化し投下した資本を回収する、というのもあり得るかもしれませんね。

 報酬自由化以降の約20年間、書籍等を含めてもあまり報酬制度についての議論はなされていませんが、再び歴史が繰り返されるようであれば、近いうちに明治13年ころのような上限規制が必要となってくるのではないでしょうか。個人的には、少なくとも合理的に期待できる経済的利益を超えるような報酬請求はさすがにどうかなと思っています。
 ただ、国選弁護人制度や法テラス制度を見ていると、今度は低すぎる上限規制がなされて新たな問題を生じさせそうな気がしますが、これはまた次の機会に。

※1 当時は代言人・代書人となるための要件が非常に緩やかであったため、世話料の制限を強制すること自体が困難であったという事情もあるかもしれません。
※2 同規則により代言人の免許制が導入されたため、停業や除名等の不利益を課すことが可能となりました。また、明治7年の時点で代書人は代言人と一元化されています。
※3 この当時からすでに一定の価格に割合をかけて謝金等を算出していたというのがとても興味深いところですね。
※4 もしかしたら公事宿(公事師)終期には発生していたのかもしれません。
※5 https://www.nichibenren.or.jp/legal_advice/cost/legal_aid/saimuseiri.html
※6 過大な報酬請求を行った場合、職務基本規程24条(適切かつ妥当な報酬の提示義務)や29条1項(受任時における説明義務)に反し、弁護士としての品位を失うべき非行(弁護士法56条1項)に該当するとされることが多いようです。