1 はじめに

 法教育委員会に所属している関係もあり,年に数回,小学校や中学校に出向いていろいろな講義をする機会があります。先日も,ある中学校に裁判制度について教えに行ってきたのですが,その下調べをした際,よく出てくる「容疑者」という単語についておもしろい事実を発見しましたので,そのことについて書き残しておきたいと思います。

2 容疑者は外国人に限って使う?

 「容疑者」は,一般的にマスコミ用語であり,「被疑者」とほぼ同内容であると言われています(なお,同義語として「メンバー」があるようです。)。
 そして,Google先生で「容疑者 意味」と検索すると,「普通の用法では「被疑者」と同じ。 法律では、入国警備官から違反の疑いで調べられる外国人に限って使う。」と出てきます。

 もちろん,刑事訴訟法上は,「容疑者」というワードは出てきませんが,①上記記載の根拠となった法令はなにか?,②本当に外国人にしか使われていないのか?という疑問がわきました。

3 法令用語検索をしてみたところ

 そこで,本当に外国人に限定して使用されているのかについて,法令用語検索(ワードは「容疑者」のみ。)してみたところ,

  出入国管理及び難民認定法施行規則,航空機内で行なわれた犯罪その他ある種の行為に関する条約第十三条の規定の実施に関する法律,道路交通法施行令, 犯罪捜査規範,犯罪捜査共助規則,出入国管理及び難民認定法,道路運送車両の保安基準

 がひっかかりました。

4 出入国管理法関係のもの

 そこで,まず,出入国管理及び難民認定法施行規則と出入国管理及び難民認定法の内容を確認してみたところ,以下の条文が見つかりました。

(違反調査)
第二十七条 入国警備官は、第二十四条各号の一に該当すると思料する外国人があるときは、当該外国人(以下「容疑者」という。)につき違反調査をすることができる。

第二十四条 次の各号のいずれかに該当する外国人については、次章に規定する手続により、本邦からの退去を強制することができる。
一 第三条の規定に違反して本邦に入つた者
二 入国審査官から上陸の許可等・・・

 これらの法令では,たしかに,退去強制事由がありそうな外国人のことを,「容疑者」と定義しているようです。

 というわけで,①冒頭の記載の根拠法令は,出入国管理及び難民認定法であることがわかりました。

5 道路交通法施行令・道路運送車両の保安基準

 続いて道路交通法施行令です。

(緊急自動車)
第十三条 法第三十九条第一項の政令で定める自動車は、次に掲げる自動車で、その自動車を使用する者の申請に基づき公安委員会が指定したもの(第一号又は第一号の二に掲げる自動車についてはその自動車を使用する者が公安委員会に届け出たもの)とする。
一~四 略
五 入国者収容所又は地方出入国在留管理局において使用する自動車のうち、容疑者の収容又は被収容者の警備のため使用するもの

 さらに,道路運送車両の保安基準。なお,同基準は,道路運送車両法(昭和二十六年法律第百八十五号)第三章の規定に基いて定められている、道路運送車両の保安基準です。あんまり変わってないか。 

第一条 この省令における用語の定義は、道路運送車両法(以下「法」という。)第二条に定めるもののほか、次の各号の定めるところによる。
一 ~ 十二 略
十三 「緊急自動車」とは、消防自動車、警察自動車、検察庁において犯罪捜査のため使用する自動車又は防衛省用自動車であつて緊急の出動の用に供するもの、刑務所その他の矯正施設において緊急警備のため使用する自動車、入国者収容所又は地方入国管理局において容疑者の収容又は被収容者の警備のため使用する自動車、保存血液を販売する医薬品販売業者が保存血液の緊急輸送のため使用する自動車、医療機関が臓器の移植に関する法律(平成九年法律第百四号)の規定により死体(脳死した者の身体を含む。)から摘出された臓器、同法の規定により臓器の摘出をしようとする医師又はその摘出に必要な器材の緊急輸送のため使用する自動車、救急自動車、公共用応急作業自動車、不法に開設された無線局の探査のため総務省において使用する自動車及び国土交通大臣が定めるその他の緊急の用に供する自動車をいう。

 いずれの条文にも,入国者収容所等のワードがあるので,これらの法令で用いられている「容疑者」は,出入国管理法上の容疑者と同じであると考えられます。

6 犯罪捜査規範

 続いて,犯罪捜査規範です。なお,犯罪捜査規範は,「警察官が犯罪の捜査を行うに当つて守るべき心構え、捜査の方法、手続その他捜査に関し必要な事項を定めること」を目的として策定された規則です(同1条)。

(事件手配)
第三十条 容疑者および捜査資料その他参考事項について通報を求める手配を、事件手配とする。
2 事件手配は、事件の概要および通報を求める事項を明らかにして行わなければならない。

 あれ,普通に「容疑者」出てきた・・・しかも,特に外国人に限定されているふしもない・・・
 でも,犯罪捜査規範で出てくる「容疑者」はこの条文だけで,他の条文では「被疑者」が用いられています。

(合理捜査)
第四条 捜査を行うに当たつては、証拠によつて事案を明らかにしなければならない。
2 捜査を行うに当たつては、先入観にとらわれず、根拠に基づかない推測を排除し、被疑者その他の関係者の供述を過信することなく、基礎的捜査を徹底し、物的証拠を始めとするあらゆる証拠の発見収集に努めるとともに、鑑識施設及び資料を十分に活用して、捜査を合理的に進めるようにしなければならない。

(指名通報)
第三十四条 被疑者が発見された場合に身柄の引渡を求めず、かつ、その事件の処理を当該警察にゆだねる旨の手配を、指名通報とする。
2 指名通報は、被疑者の氏名等が明らかであり、かつ、犯罪事実が確実なものについて、指名通報書(別記様式第二号)により行わなければならない。
3 指名通報のあつた事件については、あらかじめ、通報を発した警察に、逮捕状の有無、容疑事実の内容、関係書類その他の捜査資料の有無等を照会して処理するものとする。
4 指名通報を行つた被疑者については、事件処理に必要な証拠資料、関係書類等を完全に整備しておき、被疑者を発見した警察から要求があつたときは、すみやかに、第七十八条(事件の移送および引継)第二項の規定による事件引継書とともに証拠資料、関係書類等を、その警察に送付しなければならない。

7 犯罪捜査共助規則

 最後に,犯罪捜査共助規則です。同規則は,「都道府県警察の行う犯罪の捜査に関し、警察庁と都道府県警察及び都道府県警察相互間における連絡共助を緊密にし、もつて捜査の効率的運営を期すること」を目的として定められたものです(同規則1条)。

(事件手配)第六条 都道府県警察は、他の都道府県警察に対し、容疑者及び捜査資料その他参考事項について通報を求める場合には、事件の概要及び通報を求める事項を明らかにして、事件手配を行うものとする。

 ん?1カ所ですが,また「容疑者」がでてきました。ちなみに,さきほどの犯罪捜査規範でもあった「指名通報」に関する条文で,おなじように「容疑事実の内容」というワードが出てきます。

(指名通報)
第十一条 他の都道府県警察に対し、身柄の引渡しを求めない被疑者について、その事件の処理をゆだねる旨の手配は、指名通報書(規範別記様式第二号)により行うものとする。
2 前項に規定する指名通報は、被疑者の氏名等が明らかであり、かつ、犯罪事実が確実なものについてのみ行うものとする。
3 第一項の指名通報があつた事件については、あらかじめ、通報を発した都道府県警察に、逮捕状の有無、容疑事実の内容、関係書類その他捜査資料の有無等を照会して処理するものとする。
4 指名通報を行つた被疑者については、事件処理に必要な証拠資料、関係書類等を完全に整備しておき、被疑者を発見した警察から要求のあつたときは、速やかに事件引継書(規範別記様式第五号)とともに、証拠資料、関係書類等をその警察に送付しなければならない。

8  航空機内で行なわれた犯罪その他ある種の行為に関する条約第十三条の規定の実施に関する法律

 最後に,上記法律の内容を確認してみたところ(全部で5条しかなかったのでとても楽でした。),以下の条文が見つかりました。

(機長の引き渡す者の受取り)
第一条 航空機内で行なわれた犯罪その他ある種の行為に関する条約(以下「条約」という。)第十三条第一項の規定による機長の引き渡す者の受取りは、警察官又は入国警備官(次条において「警察官等」という。)が行なう。
2 入国警備官は、前項の者を受け取つたときは、これを警察官に引き渡すものとする。
(制止)
第二条 警察官等は、前条第一項の規定により受け取つた者(以下「重罪容疑者」という。)が当該航空機に再び乗り込むことを防止するため必要があると認められるときは、その行為を制止することができる。

 まさかの「重罪容疑者」という法令用語が!条約の内容まで確認してみたところ, 同上約13条第1項で引き渡される対象者が,「航空機の登録国の刑法上重大な犯罪であると認める行為を当該航空機内で行ったと信ずるに足りる相当な理由のある者」(9条1項)とされていることから,「重罪容疑者」となっているもよう(ちなみに,「航空機内で~条約」は,通称東京条約らしいです。)。

 ・・・「重罪被疑者」ではダメだったんでしょうか?

9 結局のところ

 以上のような検証結果をまとめると,以下のとおりです。

A 規則等を含む法令上は,日本人に対しても「容疑者」が使われている。

B 形式的に「法律」とされているものに限って言えば,「容疑者」は,外国人に対してしか使われていないが,それ以外の者にも使われる「重罪容疑者」という言葉がある。

 検証結果はともかく,どこで何があってこうなったんでしょうね?