よくある誤解

 恋人にピロートークで「指輪を買ってあげる」、と言ってしまうと、正式に契約が成立し、心裡留保が成立しない限り契約の履行を求められるというような記事を見たことがあります。

 しかし、この記事には誤りがあります。さあ、どこでしょう?

契約の性質は?

 おそらく、この記事は、心裡留保という民法総則の条文(93条)だけに基づいて書かれたものだと思います。条文はこちら。

(心裡留保)
第九十三条 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。

 たしかに、この条文の内容だと、真意ではないことを知ってしたとき(冗談で言った場合)であっても、その効力が妨げられず、相手方が表意者の真意(冗談であること)を知っていたか、知り得たときだけ無効になるということになりそうです。

 しかし、その前に、ピロートークでなされた意思表示の内容を確認すると、「指輪」という財産を、「買ってあげる」つまり、無償で相手方に与えるという意思が表示されているのですから、これに対して「うれしい!ありがとう!」と合意したとしても、成立する契約は、贈与契約(549条)です。

 そして、この贈与契約は、書面でなく、口頭でなされているので、各当事者が解除(債権法改正前は撤回)することができます(550条)。

 ということで、贈与契約であれば、心裡留保のようなわりと負け戦的なところに入る前に、撤回ないし解除すれば(少なくとも法律上は)契約の履行を求められることはないのです。

※一方で、売買等の契約については、このような規定がありませんので、原則通り自由な撤回等ができなくなります。

立証上の問題もある

 また、このような口頭でなされた契約の履行を求めるには、立証の問題もあります。口頭での約束の場合、「言った言わない」の話になり、証明が難しいのです。
 民事訴訟法のルールとして、証明ができない場合は、請求している側が負けることになりますので、この点でも、契約の履行を要求することは難しいということになります。

まとめ

 以上のように、このケースでは、そもそも贈与契約の立証が難しいうえ、解除(撤回)を主張されるとそこで契約の拘束力がなくなってしまいます。なので、心裡留保が成立しなくても、契約の履行を求められることがないケースがほとんどだと思います。

 もっとも、上記の話は法律上の話であり、人としてはどうかと思いますので、やはり人と話すときは慎重にお話されることをおすすめします。

おまけ:もらう側の対応策

 では、贈与を受ける側が、「絶対にもらいたい」という場合はどうすればいいかというと、①その場でもらうか、②書面を作ってもらうことです。これで、上記の立証上の問題と、撤回(解除)の問題をクリアすることができます。

 これらをクリアすると、次に「心裡留保にあたるか」という問題をクリアすることが必要になりますので、③内容を控えめにしておくというのもポイントですね。たとえば、普通のサラリーマンが、相手にプライベートジェットを買ってあげるといった場合のように、あまりに過大すぎる内容だと、「冗談だとわかったでしょ」と判断されやすくなります。